なにか困難にぶつかったら
悩まない。
悩むのならそれに費やす時間はできるだけコンパクトにおさえる。
考えながら行動し、道を切り開いていく繰り返しをもってこそ乗り越えられるような気がします。時間も消費しなくてよいし。
粛々と励むこと。
毎日特別な何かをしなくても大丈夫。役割をもっている場所に通いつづけることそれだけでいいんだ。
その繰り返しが貢献につながるから。
ただ行くことだけを考えていればいいんだ。
そうして大切なのは
どんなにいろいろなことがあっても切り替えて、また明日も行くことなんだ。
人との関係も仕事だからね。
だから不満もないし、解決してほしい悩みもないんだ。
なにかに思い悩むほど自分を見失っているほうが危険信号なんだと感じます。
私は他人は自分の思い通りにならないという考えをもっています。
だれかのことを悪く言うのもしたくありません。私は自分がどんなに至らない未熟な人間かわかっているから、全然しっかりできていないのにどうして誰かのなにかを言うことなんてできるでしょう。
ハリウッドで活躍している役者の共通点を渡辺謙さんが答えていました。
まず自分の信念があること。
それと同時にその信念をひっくり返せるほどの鷹揚さがあること。
その言葉の言わんとする意味はなんとなくわかります。
それはどうすればできるのかというと
私なりに感じるのは
私の仕事をきちんとやることを前提に、まわりにもあなたがいてくれて助かるという接し方をすることです。
助けたら頼っていい。
助けられた方は助けたい。
知らないうちに味方をつくっていくような感覚です。
人は一人で生きていくことはできません。
私が何気なく冷蔵庫からとった牛乳は、この冷蔵庫にくるまで、
お店に並べられて販売をしていました。それはお店の人が並べて、お客様に取りやすい陳列をしてくださるからです。
お店に運ばれてくるまでは、トラックに乗せられて、長い距離を走行しています。それは物流のドライバーさんがいなければできません。
冷蔵庫も、だれかが開発をして、こわれたらメンテナンスをしてくださる方、たくさんの人がかかわってこれまでの歩みがあります。
このようになんて豊かに恵まれているのか、今でも他の国はこれと同じ環境にあることはないと知っているからこそ、気が付きます。
必要なのはゆとりです。
心に余裕というか、余白というか、隙間というか。
ただ空間が必要です。
それをもってすれば大丈夫。
その空間があればきっと。