可視光線の花

「可視光線の花」

私の好きな作家さんの話です。

その方は小学生の時担任の先生から授業中に答えがわかっていても手をあげない子供だと親に言われていたそうです。
周りを見て自分が発言したいと思っている子にゆずるんだ、自分は家に帰れば両親からしつけの面でも愛情の面でも充分満たされていて幸せだったからというニュアンスのことを書かれていたと記憶しています。とてもおもしろい考え方だなと思いました。

私はありがたいことに賞を何回かいただいています。賞をもらうということは他の人と比べて得意な力があなたにはあるからこれからの働きに期待しています、というふうに捉えています。絵を描いて作品を個展で発表していく活動の中で私はどんなことができるだろうか、この取り組みを通じて私はなにがしたいのだろうか、自分の中でずっと話し合いをしていました。

この絵ははじめは目の見えない人に作品を感じてもらうためにやわらかい素材のフェルトをつかったり、入浴剤のにおいの粉をふりかけたり、たくさんの画材をつかって表現しようとしました。手でさわって香りをかいで視覚以外の感覚をつかって楽しんでもらえないかと思ったからです。けれども、描いていくうちにどんどん気持ちが沈んでいきました。目が見えなかったら火事や地震が起きた時どうやって逃げるんだろう、もしその時助けてくれる人がいなかったらどうするのだろう、周りにいつも協力的な人ばかりいるわけではないし、からかわれたり誤解されたり理不尽な出来事があっても生きていかなければならない苦しみを想像したとき、私は勇気のいることをしているのかもしれない、偏った他人の評価にさらされる危険もある、それでも描いて発表するのか。

おそらく、絵を描いてたくさんの人に見てもらえればある程度目立ちます。そして作品を通して私は世の中の物事をこんなふうに考えているんだよというメッセージを伝えることが出来ます。それをうまく利用できないだろうかと思いました。今嫌な目にあっている人がいるとします。必死で我慢して心も体も疲れている人がいたとして、誰かに暴力をふるわれたから自分も弱い人を攻撃しようではその連鎖反応はとまらない、ではどうしたらいいのか、自分もとても痛い目にあっている、このやりきれない感情をどうしたらいいのか。

私は美術館に行って絵を見てくることを提案します。

絵を見て心の中で作者と対話して、他に人に矛先を向けるのは意味がないことだと気が付いてほしいのです。絵を見て心を落ち着かせて、穏やかな感情をとりもどしてほしいのです。作品を描いていくうちに、目が見えない人生でも悪いことばかりでは無かったのかもしれないと思うのです。きっといいこともたくさんあったのかもしれません。その人にとって心の中に、その人にしか見えない、その人の光の花があるのではないか。そう考えた時、全ての画面を白く塗りつぶした形で描き直しをかけました。私の中で可視光線の花のイメージが完成したのだと思います。

この絵はそのような過程を経て制作されています。 

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2026年01月10日(土)

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